インボイス制度の問題点を抉る

元静岡大学教授・税理士 湖東京至

1 インボイス制度導入の目的は何か

(1) 第1の目的

インボイス制度導入の第一の目的は、今後消費税の税率をヨーロッパ並みの20%まで引き上げるためである。現行消費税が導入される前、1987年に中曽根内閣が提案した「売上税」はインボイス制度(税額票方式)を採用していた。中曽根内閣のインボイス制度は、あらかじめ税務署長から登録番号を貰い、その番号を「税額票」といわれる請求書に記載しなければならないというもので、国民の総スカンにあい、廃案となった仕組みである。

その反省から、竹下首相(当時)は「取引慣行や税を納める方々の事務負担に極力配慮した仕組み」(第113回国会における所信表明演説)として、アカウント方式・帳簿方式を採用したのである。アカウント方式・帳簿方式の特徴は、企業の帳簿(決算額)によって仕入税額控除を行うため、免税事業者や消費者から仕入れたものも控除することができる。また竹下首相(当時)が述べたように、企業の決算にもとづき申告・納税ができるため、企業側の事務負担が少なくなるほか、課税庁も法人課税・所得課税と併せて調査・管理ができる利便性がある。

一方、アカウント方式・帳簿方式は、税率が1桁のうちは許されるが税率が高くなると仕入税額控除が大雑把になるとして国際社会から批判を受ける。とりわけ付加価値税・消費税にある輸出免税制度は仕入先等に支払ったとされる税額を還付するため、その正確性が必要であり、インボイス制度にしなければならないという主張が消費税導入直後から強かった。たとえば金子宏、吉牟田勲、和田八束、宮島洋、田近栄治、水野忠恒教授らは、ヨーロッパ型のインボイス制度の導入を強く主張していた。

財務省筋もこれらの学者と同様、将来の税率引き上げを見越してインボイス制度の導入を狙っていた。税率が2桁、10%に引き上げられたのを契機に、そして今後さらに税率を引き上げるため、インボイス制度導入に踏み切ったのである。要するにインボイス制度導入の第一の目的は15%、20%へと税率を引き上げるためなのである。

(2)第2の目的

インボイス制度導入の第2の目的は、本来直接税である消費税を間接税らしく見せるためである。

税務当局は消費税について「原材料、卸、小売と次々に転嫁し、最終的に消費者が負担する間接税」であると説明する。だがそもそも、付加価値税・消費税は1950年、企業の生む付加価値を課税ベースとする直接税としてシャウプ勧告で提案されたものである。当時の事業税は所得金額を課税標準としたため、赤字企業から税が取れない。そこでシャウプは応益負担原則に則って赤字企業からも税が徴収できる仕組みとして、各事業年度の所得金額に人件費と支払利息、地代家賃の合計額を課税標準とする附加価値税を事業税にかえて導入することとしたのである。

つまり付加価値税・消費税は実質的に人件費に課税することで赤字企業に税負担を求める第2法人税なのである。

なおシャウプの附加価値税は、事業者免税制度を設けており、免税点は附加価値額の9万円未満となっていた。また標準税率は4%(第1種事業)と3%(第2種、第3種事業)であった。シャウプの附加価値税は1950年7月31日、国会で成立したが、赤字企業にも課税が及ぶなど国民の反対が強く、一度も実施されることなく1954年に廃案となっている。

ところが同じ1954年、フランスが付加価値税を間接税として導入したのである。フランスが本来直接税である付加価値税を間接税とした理由は、直接税ではガット協定(当時)により輸出還付金制度を設けることができなかったからである。そして間接税らしく見せるため、仕入税額控除の仕組みを本体価格と税額を別記するインボイス方式にしたのである。

だが、もともと直接税として考案された付加価値税・消費税であるから、随所に直接税的な規定が残っている。代表的なのが事業者免税制度であり、簡易課税制度である。事業者免税制度は直接税では当然必要な仕組みだが、間接税では預かった税金を納めるだけだから、免税事業者がいること自体矛盾する。韓国の付加価値税に事業者免税制度がないのはそのためだ。インボイス制度導入の第2の目的は、事実上免税事業者をなくし消費税を間接税らしくみせるためである。

2 犠牲になる零細事業者 ~親会社にも打撃が~

上に述べた第2の目的の犠牲になるのが零細な事業者である。2020年(令和2年)3月現在、わが国の消費税課税事業者数はおよそ315万である。ほかに基準期間(2年前)の年間売上高が1千万円以下の事業者が推定1000万人以上存在するといわれている。これらの零細事業者は現在、事業者免税制度により消費税の納税が免除されている。

周知のように消費税はアメリカの州税である単純な小売売上税と異なり、事業者は年間売上高にかかる消費税額から、年間仕入高などに含まれるとされる消費税額を差し引いて納税額を計算する。現行制度はこの仕入税額を控除する仕組みを「アカウント方式(帳簿方式)」によっており、零細な免税事業者からの仕入れや役務提供も控除の対象となっている。

政府・財務省は税率が2桁・10%になり、今後さらに税率を引き上げるには消費税を払っていない免税事業者からの仕入れまで控除するのは国際社会から批判を浴びるとして、課税事業者からの仕入れだけを控除対象とするインボイス制度(適格請求書)を2023年10月から導入することとした。

インボイス制度になれば、親会社は免税事業者から貰う今までの請求書・領収書では仕入税額控除の対象にならず、消費税の納税額が増えてしまうため、下請けなどに税務署長から事業者登録番号を貰い課税事業者になるよう強要せざるを得ない。零細な下請業者は顧客・親会社から課税事業者になるよう要請された場合、「免税の放棄」をして課税事業者になるか、廃業するか決断をせまられる。その結果、零細事業者のための事業者免税制度は事実上なくなる。 

ヨーロッパ諸国にも事業者免税制度はある。2011年9月に発表された英国のマーリーズ報告書によれば、「インボイス制度による仕入税額控除方式の下では、免税事業者も取引の輪(Chain)に入らざるを得なくなるため、政府にとって実際上の弊害は少ない」とし、事業者免税制度は事実上存在しないのと同じだと述べている。

わが国で実際に影響を受ける業種は、個人タクシー、軽トラック配達請負業、ウーバーイーツなどの宅配パートナー、映画・演劇の俳優、脚本家、編集者、ライター、音楽家、イラストレーター、英会話学校・塾の講師、外注化された社員、一人親方など建設下請、農家、貸家(居住用を除く)、駐車場経営者、自販機設置者、ヤクルトレディー、内職・クラウドワーカー、シルバー人材センター会員等々である。

なお、シルバー人材センターに加入している会員数は2020年(令和2年)現在、全国でおよそ70万人、団体数は1335団体、契約金は3,036億円、一人当たりの平均請負高は434,700円となっている(公益社団法人全国シルバー人材センター事業協会調べ)。一人当たり年間収入が税込43万円という零細な高齢者に消費税の納税をせよというのだ。

1人当たりの平均消費税納税額は簡易課税を選択したとして年間19,500円。この納税のために税務署に申請して事業者登録番号を貰い、番号付きの正規の請求書を発行し、それを7年間保存し、毎年消費税の申告・納税をする。おそらくシルバー人材センターから脱会する高齢者が続出するに違いない。他の業界も同様の事態を招くだろう。

打撃を受けるのはこれらの零細事業者だけではない。下請けや取引先に免税事業者の一人親方や優秀な技能者がいる親会社の場合、彼らが免税事業者のままでは仕入税額控除ができず、消費税の納税額が増えてしまう。よって彼らに課税事業者になるよう要請することになる。もし下請けに拒否され廃業でもされたら親会社も二進も三進も行かなくなる。日本経済にとっても大きな損失である。

3 税務署長がもつ番号付与権の危険性

インボイス(適格請求書)を発行するためには、事業者登録番号を所轄税務署長から貰わなければならない。課税事業者のうち登録が必要な者、及び免税事業者で課税事業者を選択する者はすべて所轄税務署長に「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出しなければならない。

登録申請書を受理した税務署長は審査したうえ、頭にTをつけた13桁の番号(法人は既存の法人番号、個人事業者は新たな番号)を付与する。付与した番号と登録課税事業者名は国税庁のホームページに公開される。番号登録申請はすでに2021年10月1日から始まっており、2023年3月31日までの間に申請することとなっている。法人はすでに付与されている法人番号にTを付けるだけだから、申請するまでもないと思うかもしれないが、必ず「登録申請書」を提出したうえ、税務署長から番号を付与してもらわなければならない。

国税庁はすでに、2021年11月1日から事業者登録番号の公表サイトで登録事業者を公開している。検索する方法は事業者登録番号から検索することになっており、事業者名で検索することはできない。使われていない番号で検索すると「検索対象の番号は存在しません」と回答され「ニセインボイス」であることが判明する仕組みになっている。

国税庁の発表によれば、2021年12月28日現在、申請して登録番号を付与された事業者数は196,954件だという。申請開始後3か月間の登録者数としては多いとはいえない。その原因は、まだ事業者がインボイス制度を熟知していないか、知っていても慎重に対処しているためであろう。

なお、審査に通らない者とは、消費税法に違反し罰金以上の刑を科せられ、その執行終了後2年を経ていない者と規定されている(追加消費税法第57条の2第5項1号)。

免税事業者が登録申請する場合、まず、課税事業者を選択しなければ番号を貰えないから、「消費税課税事業者選択届出書」と併せて「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出することになる。なお、簡易課税によった方が有利だと判断した者は「簡易課税制度選択届出書」も併せて提出する。この3点セットを提出することになる。

請求書・領収書の発行を「税務署(国家)が番号によって管理する」インボイス制度は、廃案となった「中曽根売上税」にあったものである。中曽根売上税は事業者等の猛反発によって潰された仕組みである。インボイス制度は後述するように、キャッシュレス化やデジタル化と併せて取引が税務当局に把握・管理される危険性を内包している。

4 罰則付きで請求書を授受

政府は「適格請求書と誤認されるおそれのある書類や偽りの記載をした適格請求書を渡した場合、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」を用意したうえ(追加消費税法57条の5、65条4号)、刑執行終了後2年間は事業者登録番号を付与しないとした。もし企業が番号を貰えなくなったら取引停止・倒産となる。

適格請求書・適格領収書は記載されている消費税額分納税額が減るから一種の金券となる。金券化した請求書は失くすと大変であると同時に、ニセ適格請求書・ニセ札が横行するおそれがある。

かつて韓国では「インボイス屋」なるものが登場した。「インボイス屋」は事業実態がない会社を使って国税庁から番号を貰い、架空のインボイスを発行する。それを貰った事業者はニセインボイスを使って納税額を減らし、「インボイス屋」はニセインボイスに記載された金額の5~6%の手数料を貰って行方不明になるという。韓国ではこれを防ぐために、紙のインボイスから電子インボイスの導入に踏み切ったといわれる。

犯罪的な例はともかくとして注意を要するのは、うっかり「ニセ適格請求書」を発行してしまうことである。例えば、零細な免税事業者がインボイス制度のことを知らず、親会社や取引先に従来どおりの請求書・領収書を渡し、親会社も従来どおり仕入税額控除をしてしまった場合、「ニセ適格請求書」となる。経過措置として2023年10月から2026年9月までは80%控除、2026年10月から2029年9月までは50%控除ができるが、この期間を過ぎると規定通り罰則が適用されるだろう。

また、課税事業者であった者が基準期間の売上高が1千万円以下になり免税事業者の要件を満たしたとしよう。現行では何の手続もなしに免税事業者になり、消費税の申告・納付が不要となるが、インボイス制度の下では適用事業年度開始前に「登録取消届出書」の提出をしなければ免税事業者になれない。そして、めでたく免税事業者となった場合、うっかり、それまで使っていた登録番号が記載された請求書・領収書を使うと、それが「ニセ適格請求書」になる。インボイス制度の下では罰則付きで請求書を授受することが起こるので要注意である。

5 適格請求書不要例の存在、簡易課税制度はどうなる

インボイス制度になると、すべての商取引が適格請求書・領収書のやり取りになると思われがちであるが、そうではない。適格請求書・領収書を発行しなくてよい業種・取引が多々ある。逆にみれば、適格請求書・領収書がなくても仕入税額控除ができる課税事業者がいるのである。

例えば、魚市場、漁協、農協への販売は、そもそも領収書・請求書発行の習慣がないので免税事業者でも課税事業者でも適格請求書・領収書は必要ない。鉄道・バスなどの切符や自販機による販売、郵便切手等の販売も適格領収書・請求書は必要ない。自販機で飲物を購入して領収書を貰うことはできないから従来どおり領収書なしでよい。古物商・中古自動車販売も消費者からの購入について適格請求書・領収書は求めない。これらのものを購入した課税事業者は、今までどおり適格請求書・領収書なしで仕入税額控除が可能となる。

さらに問題なのは、簡易課税選択事業者との取引である。簡易課税制度は売上高に一定率(40%~90%のみなし仕入率)をかけた額を仕入額とみなすため、消費税の計算に適格請求書・領収書を必要としない。簡易課税選択事業者は2019年度現在、消費税の納税義務者296万中114万、38.6%にのぼる。インボイス制度が導入されれば、これに免税事業者のうち簡易課税を選択する者が数百万加わるから膨大な数にのぼる。

取引先が簡易課税選択事業者であれば、下請けや納入業者は正規のインボイス(適格請求書)を発行する義務はないはずである。だが、取引先に「お宅は簡易課税選択事業者ですか」といちいち聞くわけにもいかず、取引先も答える義務はない。毎日の取引きに混乱をもたらすことになる。

インボイス制度は原則課税の仕入税額控除方式にだけ適用されるから、膨大な簡易課税選択事業者が存在することは、同制度の意義を半減させてしまう。そのためフランスは、1999年以後それまで小規模事業者に適用されていたフォルフェ制度という簡易課税制度を廃止した。ドイツは前歴年の売上高61,356ユーロ(1ユーロ130円として約797万円)と適用水準を低く抑えており、みなし仕入率も業種を58に細分化したうえ業種実態を反映した率に設定されている。ドイツの適用水準は日本の5,000万円より大幅に低いうえ、みなし仕入率も日本のように大まかではない。

政府・財務省はわが国の簡易課税制度をどうするつもりなのか。やがてフランスのように廃止するのか、ドイツのように適用水準を大幅に引き下げ、みなし仕入率を細分化するのであろうか。もし、廃止や適用水準引き下げをすれば中小事業者の事務負担は激増することになる。いずれにせよ、政府・財務省は簡易課税制度とインボイス制度の関係について真剣に検討したとは思えない。

6 インボイス制度では現年度判定が原則、2年前の基準期間は不要

わが国では、消費税の免税事業者の適用水準や簡易課税適用水準の判定期間(基準期間)を2事業年度前としている。適用水準を判定する基準期間を2事業年度前にした理由について財務省は、「消費税の仕組みが帳簿方式=決算書方式だから、前年基準や現年度主義ではスタート時点で売上高が確定できず、免税などの判定ができない」からだという。たしかに、事業年度のスタート時点で免税か否か確定させておくためには2事業年度前の売上高によらなければ判定ができない。

一方、インボイス制度によれば、インボイスの保存により決算期と無関係に課税売上が把握できるから、現年度主義で免税か否か判定することが可能となる。政府・財務省が2事業年度前の基準期間を見直さないのは、インボイス制度を採用したのに、相変わらず帳簿方式を認めていることにほかならない。

ヨーロッパ諸国の事業者免税の判定基準を見てみよう。フランスは、当暦年の課税売上高84,000ユーロ(約1,092万円)または、前暦年の課税売上高81,500ユーロ(約1,059万円)となっている。ドイツは、当暦年の課税売上見込高50,000ユーロ(約650万円)または、前暦年の課税売上高68,000ユーロ(約884万円)である。イギリスは、当年の課税売上見込高68,000ポンド(約1,033万円)または、直前の年間課税売上高70,000ポンド(約1,064万円)である。いずれも現暦年主義を原則としており、補足的に前歴年を使うことも可能としている。

ヨーロッパ諸国はなぜ2事業年度前を基準期間とせず、当暦年によっているのであろうか。それは付加価値税が企業の帳簿・決算と無関係にインボイスによって計算し、申告・納税するからである。例えばフランスは原則として毎月申告、毎月納税である(フランス一般税法287条-1、2)。年間納税額が4,000ユーロ(約52万円)以下の小規模事業者は4月、7月、10月に前年納税額の4分の1を予定納税し、年間納税額から差し引く(同法287条-3)。

このようにインボイス制度は、正規の請求書等によって納税額を計算するのであり、企業会計に準じて計算するアカウント方式・帳簿方式とは異なる仕組みなのである。政府・財務省はインボイス制度を導入するとしながら、2事業年度前という基準期間を見直さず、事実上帳簿方式を残しているのである。要するに、わが国ではアカウント方式・帳簿方式が定着しているのであり、見直す必要がないことを政府・財務省自ら認めているのである。

消費税は第2法人税といわれるように直接税的な税で、納税計算の仕組みもアカウント方式・帳簿方式のほうが効率的である。政府・財務省も税務行政の利便性からアカウント方式・帳簿方式を採用したのであり、わざわざインボイス方式にする根拠は全くない。直ちに撤回すべきである。

7 インボイス制度は「益税」解消に有益というが

インボイス制度は、「益税」をなくすために有効だという主張がある。1つは免税事業者に対する益税論である。2つは課税事業者に対する益税論である。3つは簡易課税選択事業者に対する益税論である。これらの益税論は以下に指摘するように全く根拠薄弱なものであるから、仮にインボイス制度を導入したとしても、是正できるとか公正になるとかいうことはない。

①免税事業者に対する益税論について

まず、消費税の免税事業者に「益税」があるかどうか検証しよう。益税存在論者は、免税事業者も価格に10%上乗せしているのに納税しないから益税があるという。だが、消費税法は消費者・顧客・取引先への価格転嫁を法的に保障していない。

消費税法上規定されている10%の税率は、価格に10% 上乗せを保障するものではなく、事業者が年間納税額を計算する際の税率として規定しているにすぎない。仮に免税事業者が10%分上乗せしたとして販売したとしても、消費税はアメリカの小売売上税(州税(のように預かった税金をそのまま納める単純な仕組みではなく、仕入税額控除方式によって納税額を計算するのであるから、10%分が益税になるわけではない。したがって法的には益税が生じる構成になっていないのである。

また益税存在論者は経済実態として、例えば個人タクシーのように同一料金の場合、益税が発生すると主張するかもしれない。だが、タクシーは車両購入代・車両修繕費、燃料費、車庫代など維持費に含まれる消費税分を控除できず「損税」が生じる場合さえあり、経済的に益税が存在するとは言えない。一般的には、年間売上高が1,000万円以下の零細業者に強い価格決定権があるはずはなく、免税事業者に対する益税論は弱者をさらにいじめるための非人道的な主張であるといえよう。

②課税事業者に対する益税論について

益税存在論者は現行の帳簿方式では免税事業者からの仕入等も控除できるから、課税事業者側にも益税があるという。だが、消費税の納税計算は当該課税事業者自身の年間付加価値に着目して税計算を行う仕組みになっており、仕入先の納税額を直接控除する仕組みではない。わかりやすい例を上げれば、簡易課税を選択している事業者からの仕入等もその事業者の納税額と関係なく仕入税額控除をしているではないか。つまり消費税の納税計算には益税が発生する余地がないのである。

③簡易課税選択事業者に対する益税論について

また、益税存在論者は簡易課税選択事業者にも益税があるという。現行簡易課税制度のみなし仕入率は、卸売業90%、小売業80%、建設・製造業70%、飲食業60%、サービス業50%、不動産業40%となっており、実際の仕入率がみなし仕入率を下回る場合に簡易課税を選択すれば誤差が生じる場合があるかもしれない。

だが、簡易課税制度は中小事業者の納税計算を簡素化することを第1の目的とするもので、納税額の誤差・損得を考慮に入れたものではない。したがって、簡易課税を選択したことによって納税額が増える場合も生じる。もし、みなし仕入率が実際の仕入率と異なるというなら、ドイツのように業種ごとにさらに緻密なみなし仕入率を設ければよい。それでも誤差が生じることは避けることはできないだろう。つまり簡易課税制度は、制度の目的として納税額の多寡を視野に入れたものではないから、益税論は論外である。

8 インボイス制度は基本的人権を無視したデジタル化への道

韓国の付加価値税制度を見てみよう。インボイスは電子化され、キャッシュレス取引の普及によりほとんどの取引が瞬時に国税庁に集積される。韓国国税庁は年間売上高1億ウォン(約1,000万円)以下の事業者の付加価値税申告について「記入済申告書」を小規模事業者に示している。小規模事業者はその「記入済申告書」をそのまま提出もよいし、自分の申告の参考に使ってもよい。2016年に韓国国税庁は160万人に「記入済申告書」を送信した。そのうち70万人が国税庁から送られてきた「記入済申告書」のまま提出したという。

わが国においても、デジタル庁主導のもと2020年6月に「電子インボイス推進協議会(Eipa)」が発足している。同協議会は130企業が加盟しており(2021年に日税連も加盟決定)、電子インボイス普及のためとして、「2023年10月のインボイス制度開始に向けて、中小・小規模事業者から大企業に至るまで幅広く、容易に、かつ低コストで利用でき、加えてグローバルな取引にも対応できる仕組みとするために、準拠する標準規格(Peppol)を選定する」としている。同協議会はインボイス制度発足に合わせて中小事業者にも統一様式による電子インボイスを採用するよう勧めるに違いない。

だが、中小事業者が電子インボイスを採用するには事務的負担や経済的負担が伴うことは必至である。とりわけインボイス制度の導入により課税事業者を選択せざるを得なくなる零細事業者にとって大きな負担となる。韓国ではすべての法人や年間税抜売上高3億ウォン(約3,000万円)以上の個人事業者は紙のインボイスが使えず、電子インボイスの発行が法的義務となっている。

韓国のように請求書の電子インボイス化、キャッシュレス化が進むとすべての取引が国税庁に集積される。ただわが国では、韓国のように国税庁に直接取引が集積されるのではなく、民間の諸機関に集積された取引情報から国税庁・税務署が把握する仕組みになるといわれている。つまり事業者から収集した電子データや電子インボイスからの広範な情報を国家(政務当局)が監視・管理することになるのである。これは自由な経済取引や、申告納税制度の崩壊につながる。インボイス制度は基本的人権を無視した経済のデジタル化の出発点になるのである。

9 インボイス制度は廃止できる

わが国は消費税の仕入税額控除にインボイス方式をとらず、アカウント方式・帳簿方式を採用した。その直接的原因は中曽根売上税でインボイス方式(税額票方式)が国民の反対で葬り去られたからだ。つまり、わが国にはインボイス制度に対する根強い反対があるのである。

すでに指摘したように、政府、財務省はインボイス制度導入を決めながら、アカウント方式・帳簿方式にある特徴的な仕組みを変更しようとしていない。それは、簡易課税制度であり、2事業年度前の基準期間であり、インボイス(適格請求書)不要取引の存在である。また、直接税である法人税、所得税と同時に管理・調査ができるアカウント方式・帳簿方式の税務行政上の利点も残したままである。政府、財務省も完全にインボイス制度導入に切り替えられないでいるのである。

なるほど、EU諸国をはじめ、付加価値税を導入しているほとんどの国は仕入税額控除をインボイス制度によっている。だからといってアカウント方式・帳簿方式が絶対的に認められないということはないはずである。現にわが国において30数年実施をしてきたが、消費税そのものに対する欠陥は多々存在するものの、インボイス制度との比較において大きく劣るところは見当たらない。とりわけ、税収面において大きな差異があったとは認められない。アカウント方式・帳簿方式でも一向にかまわないはずである。

インボイス制度に反対している全国団体は、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会、全国青色申告会総連合、日本税理士会連合会、中小企業家同友会、全商連、全建総連等々、である。事業者団体だけでなく、インボイス制度は消費税の税率引き下げをのぞむ全ての人々に影響があるから、内容を知れば、消費者団体等も反対の意見表明をするはずである。

インボイス制度はすでに法律として成立しており、2023年10月の実施を待つだけである。これを阻止するためには国会で中止のための法律を成立させる以外にない。立法府・国会においてもインボイス制度に反対する議員は与野党にいるはずである。彼らにインボイス制度の問題点を理解してもらえば、中止法案を成立させることは可能である。インボイス制度の導入は絶対に阻止しなければならない。